スタッフ日記 – Staff Diary
[文 / 益田(制作)]
2026
3/4
仕事について。 私は仕事をしたことがあるのだろうか。作業に忙殺されたことは無論あるが、人類の生存に不可欠な作業などやったことがあるのだろうか。神の意志に添う、この世界への貢献ができたことなどあるのだろうか。
以前プロダクションの制作部に勤めていた時は、最大で30人(アーティスト)以上のディレクター業務を担当した。 これは今考えてもとんでもないことで、各人と週に一回程度のミーティングを設定するだけでスケジュールは殺人的になる。 しかも当時は、会社に週三日程度しか出勤しなかった。それ以外は今で言うテレワークのような状態だったのだが、作曲やアレンジ作業もしなければならず、機材類はほとんど自宅にあったので、そうせざるを得なかったのだ。作業中にも電話などはバンバンかかってくるし、呼び出しもかかる。決して気楽なものではなかった。 当時その会社のスタッフの離職率は凄まじく、他のスタッフも程度の差はあれ似たような境遇にあったのだろう。
当時、マトモな思考すら奪われるほどに、可処分時間のほとんどを作業に奪われていた私だが、私がやってきた音楽制作だとかって、ある人から見れば「遊び」そのものだろう。私が私であるからこそ、この遊びに意味を見出せる。
誰かが、穴を掘ってその穴を埋める作業に忙殺されていたら、それは仕事なのだろうか。 実際そのようなことをやっている人はいるのだろうけど、その人にその「穴を掘り穴を埋める作業」を作り出すのに、社会は(その人の給金などを遥かに超えるような)甚大なコストを払っていたりする。同時にその無駄こそが、経済のレバレッジそのものなのかもしれない。 一つ言えることは、犬や猫が仕事をしないように、ある人間は仕事をしなくても良いのかもしれない。
寝る間もないほどに働くサラリーマンは「自分は仕事をしている」と当然のように思っているだろうが、その仕事の質によっては、その人がその作業を止めてくれる方が、余程にこの社会には有益でないかと思えるものもある。 もっと言えば、その作業に忙殺されずにいられないその人が、そもそもこの世界に存在しなかった方が、余程に我々は幸福だったのではないかとさえ思えることもある。
車が一台も走っていなかった江戸時代にも、人々はそれなりに暮らしていた。 だからして、トヨタや日産などの自動車メーカーやその下請け、それらを含む自動車産業、それを管轄する国土交通省や運輸行政そのもの、だって本当に必要なのか私には分からない。 「必要である」という前提で現代社会が成り立っていることを知っているだけ。


3/3
VSU(Virtual Sound Unit)についてのメモ。コンシューマーゲーム機「Virtual Boy」のサウンドシステム。因みに、汎用サウンドチップのようなものではない。同機専用である。
全6ch。波形メモリー5ch・ノイズ1ch。5chのみにスイープ・モジュレーションのエフェクトがかけられる。 スイープは確かWonder Swan音源に実装されていたのだが、ノートのリリース部分のピッチをしゃくり上げるような効果だったような。 モジュレーションの方はLFOというかFM変調のような、多分ディスクシステム拡張音源(FDS)と似たようなもの。
Wonder SwanやFDS音源を使った曲を過去に書いたことがあるのだが、当時それらはMML製だった。今回はトラッカーを使う予定なので、比較的作業は楽になるはず。
ここ暫く2~3chの音源で曲を作ることが多かったので、5chもあることに随分余裕を感じる。和声的にも自由度の高いスコアが書けるはずだ。
3/2
歌入れが二件あったもので、今それの編集中。うち一曲は例のフェアライトのエミュレーター製なんで、編集の勝手も違う。とは言っても、もう随分慣れてきて作業のペースも上がってきた。


2/28
PCM(digi)入りのSID音源(6581)の音を如何にしてオーディオデータ化しようか思案中。
できれば一度SID ファイルを介したいところで、それをC64エミュレーターかSID プレイヤーでwav化したい。 基本的なノートというかパターンはFurnaceで打っているのだけど、そこから直接SID は吐き出せない。別のトラッカーを経由してならSID化できなくもないんだけど、端折られるコマンドが多くて実用的でない。まあ修正の手間を厭わなければ出来なくはないんだけど。
Furc64というプログラムがあって、Furnaceのネイティブファイルを(.sidではないが).prgというC64のアプリケーションファイルに変換できる。それを使えば実機は勿論、エミュレーターでも楽曲を再生できるようになるのだが、導入に当たって必要なプログラムが多い上、作者の手による公式プログラムでもない。どうも食指が動かない。
あれこれ思案していたら、Furnaceが今後のバージョンアップでSIDファイルの出力機能を実装する予定であることを知った。 いつになるやら不明だが、とりあえずそれを待とうかしら。
2/27
SID音源(6581)でフェイドアウト書いてみた。当初思っていたよりは面倒でなかった。
ボリュームをフェイダーで変化させるような便利なことはやはりできなくて、結局インストルメントエディターで一々ボリューム別のインストルメントを作ることに。 一応音源の仕様としては15(0を合わせると16)段階の音量が指定できるのだが、そもそもミキサーのような機能が無いので、ノートを打ち込む段階で各音色に音量を設定している。元々音量の設定値「5」の音色についてなら、5段階しか音量指定ができない。つまり、フェイドアウトを表現しようとしても、かなり粗いカーブにしかならないということ。
FurnaceのSID音源モードにPCMパート付きのものを発見した。いわゆるDIGIを再現したものだろうか。因みに6581のみ。 しかしFurnaceは直接SIDファイルを吐き出せないし、.dmfで出力はできるが、Deflemaskの方がDIGIに多分対応していないので、結局のところDIGI入りのSIDファイルは作れない。
話は変わる。 先週録ったボーカルテイクの編集をしていたのだが、またピッチ関係で苦労させられた。 テイクそのものには何の問題もないのだが、オケが酷すぎて。結局ほぼ全ボーカルパートのピッチを33Cent(半音の33/100音)下げてMixするという荒業で解決した。
2/26
SID音源(6581)についての追記。 フェイドアウトの曲を書こうと思っているのだが、マスタリング時にDAWでボリュームのオートメーション書くようなものではなくて、SIDファイルの時点でフェイドアウトを完成させたい。
ボリュームカーブなんて便利なものがないことは端から承知していたのだが、ノート毎のボリュームコマンドすら打てない。 厳密には打てるのだが、非常に面倒臭い。 インストルメントエディターを使って音色を作り、各トラック上で音色番号を指定する、みたいな流れなのだが、そのインストルメントエディターでの設定が常に優先されるので、エフェクトコマンドの大半が無視される。ボリュームコマンドは勿論だし、事実上のボリュームとして機能しそうなフィルターも動かせない。 マスターボリュームも(少なくともリアルタイムでは)動かせない。
どうすれば良いかと言うと、ボリューム設定を変えた数段階(最大15)分のインストルメントを作成し、トラック上で一々音量値を減じたそれを段階的に指定しなければならない。 インストルメント数が膨大になるが、確かトラッカー側でインストルメント数の制限(64だったか)があるので、最大解像度(と言っても16段階だが)のフェイドアウトは多分作れない。
2/25
SID音源(6581)を使った曲を書いている。今やっと原型としてのスコア(MIDIデータ)を書き終えて、それをトラッカーに転記しているところ。
しかし制約が多い。 特にトラック間の音の干渉が酷い。リングモジュレーターは複数トラックの使用が前提で、当然別トラックの音に影響が出るのだが、単なるフィルターですら個別トラックに設定できない。 フィルターは全トラック共通。特定トラックをフィルタリングの対象から外すことはできるが、音色も当然変わる。
あとこれは、私がメカニズムを理解していないことが原因だと思われるが、あるトラックにロングトーンを配置した際、別のトラック(のノート)が干渉してアタックが複数回入るようになる。 また、あるフレーズを入力した際、音符の音高によって聴感上のボリュームが甚だしく違う。それらの不具合を、都度エディットで極力回避するよう努めているが、それにしても限界がある。 この制約こそがSIDだ、と言われればその通りではあるが。
2/24
フランク・ザッパの曲には「リピート」がほぼ無い。 例外的にある場合もあるが、単純なリピートというよりバリエーションに近いものが多い印象。 音楽の一般的様式を踏襲していないのだろう。 彼が作っていたのは「モジュール」であるという。それを繋ぎ合わせて曲としていた。
延々と続く8分音符のベタ打ちのフレーズを聴いていても、一定音型のスケールを並べただけのような単純なものではない。 あるいはああいうフレーズすらも、彼の作曲の産物だったろうか。
キャプテン・ビーフハートはザッパのハイスクール時代の同級生だったそうだ。 あれだけ癖の強いミュージシャン二人が同窓であるなど、音楽史上の奇観とも思える。 互いに影響し合った部分もあったろうか。
ザッパの「思考」を想像している。酔いそうになるが。

神田優花、レコーディング。何日か前に触れた例のフェアライトエミュレーターを使った楽曲。 ようやく半分くらい録った。これから編集です。

2/18
DIGI Organizerを導入。VICE(Commodore社製のレトロコンピューターのエミュレーター)で動かしてみた。 実はVICEは既に入れていたんだけど、最新のものをあらためて導入した。しかし一部のプログラムとの相性が悪いみたいで、結局旧バージョンも残している。有志製のプログラムにはこういうことがよくある。
SIDがロードできない。厳密にはロードだけはしているようなのだが、再生ができない。「有効なプレイヤーが存在しない」みたいなエラーメッセージが出る。 原因は特定できないものの、どうやらSIDファイルにはいくつかのバージョンが存在していて、内容がかなり違うらしい。DIGI Organizerはそのうちの古いタイプにしか対応していないそうで、現行のトラッカーなどからエクスポートしたSIDファイルの再生には難があるとの由。バージョンのコンバートは不可能ではないものの容易でないそうだ。 これはAIの回答なのだが、例によってそんなに信用が置けるものではない。
DIGI OrganizerはDIGIが扱える現状唯一のトラッカーなのだが、そのためだけにVICE経由のトラッカーアプリに習熟しようとは思えない。 FurnaceあたりがDIGIに対応してくれたら良いのに(←対応しているらしきことが判明した)。


2/17
フランク・サッパの音楽を聴いていると、「個性」についてあらためて考えさせられる。 自分は他人と「どこがどのように違うのか」を考えるよりも、「どこがどのように同じなのか」を考える方が、個性の本質に迫れるような気がする。
ザッパの認知が、通常人とかなり違ったことは疑いようがない。音楽のような様式的な世界であるからこそ、そこは際立つ。 同時に、ある部分が「同じ」であることにも気付く。ザッパもやはり人間なのだ。 私は、その作者に見えている世界を体感すること、こそが芸術鑑賞の滋味であると思っている。
創造性というのは妄想であると言う意見を目にした。 作風と言われているものは単なる「癖」であり、生成AIの台頭によって、代用されるものであると。 確かにAIに「ピカソ風の絵画」を作ってもらうことは可能だろう。画商すら真作と区別が付かないレベルのものだって、いずれは作れるのではないか。
商業用途の音楽作品のほとんどは、今後AIが担当することになるだろう。 でもそれによって芸術(追求)の価値が失われることはない。 その営みが、マネタイズの手段を一つ失いつつあるというだけ。


2/15
何度も触れているような気がするが、少し前、とあるフェアライトのエミュレーターに執心している時期があって、当時それを使って十数曲を書いた。
ある意味面白いソフトである。 エミュレーターとは言っても厳密な意味でのエミュレーションを行っているわけではなく、本家からソースコードの提供なども一切受けていないという。 いわば作者が見様見真似で作ったアプリケーション。
それ(アプリ作成)自体は凄いことなのだろうけど、商用ソフトのようなシビアな設計でなく、要するにオモチャである。 ピッチは緩いし、リズムは緩い(設定BPMに忠実でない)し、スピード制御・変拍子系など、対応していないコマンドが多く、あれをメインでは到底使えない。 我ながらよく十何曲も書いたと思う。 あれはフェアライトCMIという名機の使用感を体験するためだけのものと割り切るべきだったろう。
ピッチが緩いのは、プリセットサンプルの音程の甘さもあるが、それを制御する本体の設計の甘さもあるような気がする。 キチンと測定したわけではないが、ピッチのズレが音域ごとに一定でないように思われる。 ピッチなんて最悪相対関係だけ安定していれば音楽作品になると高を括っていたが、それさえもままならない。 そもそもサンプルごとにズレ幅が違う。 リズム(速度)も、走らせる環境(例えばOS)によってかなり違ってくる。 フリーソフトなのだが、正直値を付けられるような代物ではない。
今そのアプリケーションを使って作ったその十数曲の仕上げを行っているのだが、まあ難儀の連続である。 特にボーカルテイクなど、補正が一筋縄で行かない。 レコーディングしたものを一旦楽音ベースでピッチ補正し、その後オケに合わせてトランスポーズする、という工程を踏む予定だったのだが、上記の理由でそのトランスポーズの幅が一定しない。 全部作り直そうかとすら考えたが、その難題というか制約こそが面白いものを生みはしないかと踏みとどまった。
ちょうど十数曲あるので、そのトラックをまとめてアルバム化することも考えたが、いかがなものだろうか。 商用音楽としてのクオリティーにはまったく自信がないが。 因みに現在、14曲中6曲を作り終えていて、今7曲目のリハーサル中である。まだ先は長い。


2/14
Commodore64(SIDチップ)のDIGIについて調べていた。 結論として、現時点でDIGIをエディットできるトラッカーは存在しないと言って良いのだが、C64実機(あるいはエミュレーター)で起動できるDigi Organizerってアプリケーションが例外的に存在する。スタンドアローンでは使えないが。
※追記 後日Furnaceにそれらしきモードがあることを発見したが、SIDファイル化はできない。
SID制御用のトラッカーなのだろうけど(私は使っていない)、外部から持ってきたSIDファイルをロードくらいできるのだろうが、その後編集した楽曲ファイルをSID形式で出力できないっぽい。ネイティブファイルのような形で管理するのだろうか。単にセーブするだけなら最悪エミュレーターのSnapshotでも良いんだけど、SIDで保存できないってのはちょっと引っかかる。
あと私には、エミュレーター上での編集(シーケンス等)が肌に合わないらしく、マトモにやれた試しがない。せいぜいコンパイルとかノートの微調整くらしかやったことがない。
SIDの編集ができるトラッカーはいくつか存在しているんだけど、基本的に音源部制御のみを目的としている。どうしてDIGIを扱えないんだろうか。


2/8
SID音源の出音をチェックするためにYoutubeでCommodore64のプレイ動画を見ていたんだけど、ところどころにPCMっぽい効果音が入る。SIDってPCMあったかしらと思って調べてみた。
ある無いで言えば無いのだが、CPUを駆使した言わば裏技として、PCM再生の真似事のようなことができたらしい。 DIGIとか言われる。かなりの荒業である。
しかし手元で実現する方法が見当たらない。対応しているトラッカーなどが存在しないのだ。 実機で実現できたテクニックなのだから、エミュレーターでも当然できるはずで、だったら.sidファイルにも埋め込めるのではないかと思われるのだが、トラッカーレベルでDIGIのエディットに対応しているものがない。
プログラムに近いところまで落とし込めばあるいは実現可能かとも思われたが、さすがにそれだけのために一からプログラムを勉強する気にもなれず。 そもそもサウンドチップが担当する領域でないから、トラッカーが対応する日も来ないような気がする。対応してくれたらありがたいけど。
2/7
SID音源(8580)をどうやって再現しようか思案中だ。
基本部分はFurnaceというトラッカーで打ち込んでいるのだが、サウンドファイル(.sid)が出力できない。 同時にFurnaceはDeflemaskというトラッカーとファイルの互換性があって、Deflemaskのネイティブファイル(.dmf)を出力できる。
DeflemaskはFurnace登場以前、事実上のChiptune系最強トラッカーと言って差し支えないものだったんだけど、.sidを出力できる。 だからFurnaceから.dmf出力後、Deflemaskから.sidを出力して、Sid PlayerやVSID(エミュレーター「VICE」付属のプレイヤー)で再生(オーディオデータ化)というプロセスが踏める。 実際やってみた。
使えない。スピードも音も全然違う。特にSid Playerは酷いが、VSIDの再生結果も到底満足できるものではない。 トラッカー同士が完全互換ではないので、多少コマンドが端折られることくらいは覚悟していたのだが、そういうレベルじゃないっぽい。スピーディーなフレーズなど、一部音が飛ばされている。処理能が追い付いていないのか。 一応AIに聞いてみたが、Furnaceで組んだノートは、Sid Playerのようなエミュレーターより実機の方が忠実に再生できるそうだ。Sid Playerの処理落ちは、実機に近づけた故の不具合でもあるそうなのだが、このあたり短いセンテンスで説明し辛い。一言で言えば相性の問題ということ。
上記プロセスは今の環境では一番実機に近い音が出せるはずなのだが、効率が悪すぎるので断念しつつある。 Furnaceから直接オーディオレンダリング、ってのが一番現実的であるような気がしている。Furnaceが. sidを出力できないものか。次のバージョンアップとかで実装されたら良いのに。 でも結局プレイヤーのレベルが変わるわけではないので、劇的な効果は期待できないかも。
2/4
ZX Spectrumについて考えている。82年発売のイギリス製コンピューター。結構な人気機種だったらしい。私は現物を見たことも無いが。
サウンドチップは搭載されていないが、CPUによるBeep音を発することができる。基本的にON/OFFの1bit。toggleスイッチのON/OFFによるクリックノイズみたいなのを割り込ませることによって、擬似的なドラムパートを作ることもできるが、かなりの負担となるらしい(特に実機では)。
手元のトラッカーのZX Spectrumモードでは6Chが使えるようになっている。そもそもサウンドチップではないので、厳密な仕様みたいなものは無く、CPUの処理能力に依存するのだろうと思われるが、実機で6音の同時発音は難しいかもしれない。 一応断っておくと、6音の同時発音というのは高速切り替えによるもので、6つのオシレーターを備えているとか、そういう意味ではない。
Chiptuneを突き詰めるとこの、スピーカー発のBeepに行き着くのは必定のように思われるが、やはり言葉の定義から言ってもSound Chip経由でないものはChiptuneではない。 私は今のところそのBeepで曲を作ったことがないのだが、今後どうするかは検討中だ。私は別にSound Chip発である点に拘りはないが、要するに6Chの矩形波とかなので、掘り起こす意味があるのかどうか。
2/3
また選挙だそうだ。 私には、政治に物申したい気分は希薄なのだが、そこにある悲喜交々を物を考えるキッカケにはさせてもらっている。 物事はなるようにしかならない。 ただ、今のこの国・体制が、持続可能でないことくらい肌感覚で分かるから、どうしても動向に関心を持ってしまう。 まあ私がやるべきことは、今のこの音楽を作り続ける環境を維持することくらい。自分にできる手段は講じたいが、政治に期待することは薄い。無論有権者にも期待していない。
世界でも類を見ないくらいの借金大国であるのに、選挙に当たって、与野党ともにばら撒きアピールに余念がない。約束を守る気がそのそもあるのかも分からないし、公約違反が公職選挙法に引っかかるわけでもないから言い放題なんだろうけど、有権者ってそこまでバカなんだろうか。 私は日本人の知性をまったく信用していないが、政治家は政治家で有権者をバカだと思いすぎているように見える。
孔子の「必ずや名を正さんか」は至言だろう。 世界一の借金大国のトップが、この国のここまでのありようを「緊縮財政」と評していることや、財務省のキャリア出身の野党党首が、物価高対策とて減税を主張していることなど、私は随分と不思議な世界に生きていると思わされる。 本当にああいうことを言う人たちが、喝采をもって迎えられる世の中なのだろうか。後世の歴史家は彼らをどのように評価するのだろう。 国民への裏切りを平然とやってのける薄汚い存在として記録したりしないのだろうか。

1/27
ホーミー(喉歌)について考えていた。 人間業と思えないような特殊な唱法だが、練習次第で誰にでもできる(とされている)らしい。 詳細についてはWikipediaでも見て欲しい。
ハルフラとかイスゲレとか言う、唱法としての種類があるらしく、それなりに奥が深い。吹奏楽器のリップトリルのように倍音部分が細かく動くような唱法もある。 ホーミーの倍音部はいわゆる自然倍音で、メロディーはアルプホルンやビューグル同様の、自由度の低いものになる。発音原理的にもそれらに似ている。
ホーミー音楽は歌唱だけでなく、馬頭琴による伴奏がしばしば付く。 馬頭琴について詳しくないが、二弦の擦弦楽器だから二胡とかに近いのだろう。チューニングも4度か5度間隔だろうと思われる。 二胡と馬頭琴は、音だけ聴いても区別できるそうだが、弦やボディーの材質に拠るのだろうか。 弦の材質ってさほどに楽器を特定付けないものだけど。ガット弦でもナイロン弦でもギターはギターだ。
ホーミー演奏は果たして音楽作品であろうか。これは難しい。 一応の展開はあるのだが、西洋音楽に比べると制約が薄く、内容としても即興性が強い。第一「作曲者」がいない。 私はホーミー音楽を作ろうとは今のところ思っていないのだが、もし作るなら即興音楽にはしないだろうから、伝統的ホーミーとは全く違うものになるだろう。


1/26
PC Speakerについて考えている。 ある時期までのIBM PCなどのスピーカーに、ある種の指令を出すことで「楽器」として使えた。音源チップではないので、厳密にはChiptuneではないが、音はそれっぽい。要は矩形波である。
現行のWindowsでその楽器は使えず、DOSエミュレーター上で使うもの。 ただ、エンベロープとかその手のギミックはほぼ無いので(音量さえオン・オフの二段階)、今更使い込む意味があるかは微妙だ。 一応それ用のキットが配布されているようで、私は導入していないが、今後導入するかもしれない。
因みに、愛用のトラッカーにもPC Speakerモードがあるようだ。それにしてもこのPC Speakerに手を出すと、ちょっと行き着くところまで行き着いてしまった感があるな。


1/24
AtariTIAを使った曲を書いていた。なかなかにキツい制約だった。
トラッカーから直接レンダリングしたオーディオデータと、一旦asmで出力し、コンパイルしたROM(.bin)をAtari2600エミュレーターで再生したものとで、全然テンポが違う。 トラッカー上ではBase Tempo125(=50Hz)でエディットしていたんだけど、エミュレーターでは強制的にBase Tempo150(=60Hz)にされてしまうらしい。 別にエミュレーターでどう再生されようと関係ないんだけど、それがAtari2600の仕様であるなら、それに準じたいという気分が生まれないでもない。 結局トラッカーのデータを60Hzに書き換えた。
AtariTIAの最大発音数2という制約は確かに重いのだろうが、既に発音数1というプラットフォームを試していたので、そこはさほどに感じなかった。Chiptuneの楽曲ストックが20を超えてきた。




1/19
ザッパはShaggsを高く評価していたという。 Shaggsというバンドについては、興味ある方は調べて(聴いて)欲しいのだが、奇跡のようなグループである。 正直に言うと私は、メンバーの知能について多少疑っている。
Shaggsとザッパ音楽は「標準的でない」という意味では似ているが、内容はかけ離れている。 ザッパにShaggs様の音楽作品を書くことは可能だったろうが、逆は絶望的。そもそもShaggsに「前衛的な作品を書こう」という意識はゼロだったはずだ。Shaggsにザッパ作品は絶対に書けない。 ザッパはリスナー体質でもあったのだろうけど、影響される部分はどれだけあったろうか。 私はザッパの脳内をあれこれ想像しつつ、このテキストを打っている。 参考までに、Shaggsの動画を貼っておく。
ザッパは自身の音楽を「ジャズ」と評されることについて、明確に否定していたという。また、アドリブ演奏について、そのほとんどを「ゴミ」だと評していたそうだ。 確かにザッパの音楽はそれほどジャズ的ではない。無論クラシック的でもPOPS的でもないが。 ザッパの楽曲に「ハーモニー」は(絶無ではないが)比較的少ない。 進行などは和声的であるが、そんなに比重が置かれているとは思えない。
後年のザッパが残している「シンクラヴィア作品」というものがある。人間(人体)の演奏能力の限界を感じたのだろう。 シンクラヴィアってのは、現代でいうところのワークステーション型の音楽制作ツール。レコーダーでありシンセサイザーでありシーケンサーでありサンプラーでもある。 ザッパバンドの演奏を聴いていると、ザッパバンドが一種のブラック企業であったことは想像に難くない。ザッパが現代人であれば、もっと早い段階でシンクラヴィア作品的なアプローチに移行したのではないか。


1/13
フランク・ザッパはフィーリングのミュージシャンではない。堅牢な音楽知識に裏打ちされた音楽を作る。私はまだ聴いていないが、オーケストラのスコアも書いているらしい。
しかし代表的な曲を聴いていると、特にコード使いなど、あまり音楽的な薀蓄を披露している感じではない。 コンテンポラリー系のジャズコンポーザーのような和声使いではないということ。 ザッパ音楽の難解さは、そういう一般的な部分ではない。
ザッパはいわゆる天才なので、研究者も多く、文献の類もミュージシャンにしては多い。 あんまりハマると時間がいくらあっても足りなそう。


1/10
フランク・ザッパの音楽に、(極々僅かな例外を除いて)即興性はほぼ皆無であったという。 ザッパ本人によるスコアや、完璧に近いデモテープを元に、各プレイヤーは演奏家に徹したという。 プレイヤーに求められる演奏技術は高く、厳格なオーディションの元にメンバーは選定された上、リハーサルでのミスは解雇に直結したという。
そこまでの完璧主義者の割には作品数が多いのだが、それもそのはず。彼は曲というより「モジュール」を作っていた。 断片的なフレーズのようなもの。それを貼り合せて曲としていたのだが、曲という単位は便宜的なもので、どちらかと言うとアルバムに比重が置かれていたようだ。 因みにそのモジュールは一度きり使われるものでなく、複数の曲で同じものが確認できるという。 つまり、「組み合わせ」によって無数の曲ができる。
ライブテイクとスタジオテイクを編集で貼り合せて曲にしていた、というのは有名な話なのだが、音楽に対する捉え方の違いがよく分かる。 彼にとってツアーは「素材の収集機会」であり、スタジオリハーサルは「補完用の断片制作機会」であったそうな。 すべてをスタジオで完結させなかったのは、スタジオテイクの緊張感の無さを嫌ったためとも言われる。
リズムパートの1ショットから歌詞に至るまで、すべてを自身で担当していたというザッパ。 彼はミュージシャンというより「脚本家兼監督」で、メンバーは「役者」であった。ザッパバンド出身の「名演者」は多い。 ライブパフォーマンスは演劇で、完成品としての音楽作品は演劇でいうところの映像作品のようなものだった。
モジュール単位での制作を行っていたというが、要するに彼が作ろうとしていたものは、ライフワークとしての「一つの塊」だったろう。北斎の絵画などと似ている。 本物の芸術家だったということ。
1/9
Atari2600の音源チップであるAtariTIAについて。最大二音、音量16段階、周波数は16段階の分周。矩形波らしきものとノイズが出せるが、本来正確な楽音を出すことも一苦労だったという、なかなかの強敵だ。 チップチューンの(少なくとも私にとっての)魅力は「制約」にある。上記のAtariTIAはその最たるものかもしれない。
コンシューマーゲーム機にBGMを担当させる、という思想が希薄だった頃の代物である。 基本的に効果音などを出すことを前提に設計されているのだが、一応周波数の制御ができるので、音楽らしきものが作れなくもない。 リアルタイムでも(かなりシンプルだが)音楽らしきものを作ろうとした形跡があり、チップチューン界隈では、かなり高度な音楽も作られているようだ。
曲の原型部分をトラッカーで作るところまでは決めているんだけど、その後のオーディオデータ化をどうするか思案中。 トラッカーから直接WAVをレンダリングすることも可能(しかも、割かし高精度)なのだが、asmで出力することもできるので、それをコンパイルしてROM(.bin)化し、エミュレーターでロードした上で(レンダリング機能なんてついてないので)キャプチャーしようかとも考えている。 後者は、確かに(不具合も含めて)本物っぽくなるんだけど、いかんせん作業効率が悪いのが引っかかるところ。
1/7
「European Indie Music Network」って音楽情報サイトというか、オンラインマガジンに神田優花のインタビュー記事が掲載されました。記事は全文英語なのであしからず。因みに運営はイタリアのようです。
European Indie Music Network / Formula Indie Sessions _ Interview with Kanda Yuhka
SAA1099音源使った曲を書いていたんだけど、どうもノイズを使ったリズムトラックの音がおかしい。別の(今回はベース)トラックの音が干渉しているらしい。 あるパラメーターをゼロにしたらなんとか聴けるようになったんだけど、まだメカニズムをよく理解できていないようだ。 できる日が来るのだろうか。
1/5
Raster Music TrackerでPOKEY制御前提の曲を作ってみた。SAP-Winamp(in_asap)でオーディオ化した。 結局これが正解なようだ。
SAA1099前提の曲を今作っている。これは愛用のトラッカー(Furnace)で作る。6Chフルで使おうと思っている。 今年は神田優花のChiptuneシリーズの第二弾の制作に取り掛かる予定なのだが、もうボチボチ20曲くらい上がる。全部発表するかは分からないけど、今年中に発表したいと思ってます。
1/4
Philips社製のSAA1099について。 イギリス製のコンピューター、SAM Coupeに搭載されていた音源チップ。
矩形波6Ch、完全ステレオ音源である。 音色面での自由度は低いのだが、完全ステレオというのが当時としては珍しい。AmigaのPaulaみたいに、チャンネル毎に完全に左右どちらかに振るタイプではない。各チャンネル、左右それぞれの出力を調整することによって、柔軟なパンニングを実現する。 最大同時発音数6というのも、比較的リッチな作りではある。 SAA1099を使った曲を書いてみたいところなのだが、あれの特性を活かしたアイディアが思いつかない。
Atari800などに搭載されていたPOKEYという音源についても、年末から研究対象としていた。 4Chの、これも矩形波音源。PSGとかSN7系とかに比べ、若干の特異性がないこともないが、この違いに価値を感じることは、ほとんどマニアの領域だろう。
Raster Music Trackerというトラッカーがあり、POKEY制御のためのファイルを作ることに特化されている。 トラッカーで曲を組み、XEXやSAPといった形式でエクスポートできる。 XEXはAtari800実機で再生できる、サウンドファイルというか、ほとんどアプリケーションといって良いファイル(プログラム)である。 難点は、いわゆるレンダリングが不可能であるところ。オーディオ化の際には「録音」作業が不可欠となるので、5分の曲なら5分の実時間がかかる。パーツのようなファイルにも同様の時間がかかる上、エミュレーターにありがちなバックグラウンドで動かすことができない仕様なので、とにかく時間を食う。あとスタート地点も毎度違うものになるため、調整作業が必須となる。
SAPは一応(Winampなどの)プレイヤーで再生できるので、レンダリングに近いようなプロセスでオーディオ化できるのだが、出音は若干実機と遠くなるらしい。圧倒的に作業効率は良いので、前者とどちらを使うかは迷うところだ。
とりあえずRaster Music Trackerで1曲作ってみたのだが、一旦はXEXを使うプロセスでオーディオ化してみた。1曲なんで、少々の手間には目を瞑ったということ。しかし、スタート位置が安定しないことや、それに伴う作業効率の悪さは看過し難く、SAPを介した手法を採用する方向に傾きつつある。今後のことを考えるとその方が良いような気がする。
1/3
仕事柄、時折キュレーター・プレイリスターとか、ラジオ局関係とかに自社商品、特に新譜をピッチ(投稿)するわけだが、最近「No AI」みたいな注意書きが散見される。一部の人は、あれを嫌悪しているようだ。まあ分からんでもない。
私は楽曲制作にAIを援用しないが、それはその手法が「反則」であるから控えているわけではない。私のやりたいことがあれではやれないから使わないだけ。使いたい人は使えばいい。 商業音楽の世界など、あれで事足りる状況はしばしばあるはずだ。 ここまでAIが隆盛を見る以前から、似たような(自動作曲のような)アプローチは存在した。
私はこのAIの隆盛を、良いことだと思っている。コロナ騒動が、人物について、本物と紛い物の違いを炙り出したように、AIの登場は、人類が「芸術とは何か」を考えるきっかけになるだろう。
年末年始は音楽関係のプログラムが充実している。 私はJ-POP・日本の歌謡曲に本当に興味がなく、普段もほぼ聴かないが、職業柄まったくそれらに触れないわけにも行かず、この時期にまとめて情報収集をする。大した熱量でもなく、もっと言えば苦行に近いのだが。
90年代くらいのバンド系の音楽を聴いていると、フォーク全盛期の音楽の、フォークギターがエレキギターに代わっただけ、のようなものがまま見られる。音のニュアンスが変わるだけでも新時代を感じた人は多かったろう。しかし、思考のパラダイムについては、ほとんど変化が見られなかった。
今のJ-POPについても、音のギミックについては画期的なのかもしれないが、大半の作品において、楽曲の作りは実に浅い思考に支えられているように思えたりする。 商業音楽は芸能人のノベルティーグッズでもあるから、別に間違った方向に進んでいるわけでもないのだろうが、今のPOPSを聞く限り、音屋が「AIに取って代わられる」という危機感を抱くのも当然かと思える。 何にせよ「受けたい」という気分を断ち切れなければ物事は早晩行き詰ると思う。
1/2
年末年始の休暇期間中、ずっとエミュレーター関係の研究に時間を費やしていた。SAM Coupe、Enterprise128、Atari800等。
比較的簡単に使えたのが、意外にもSAM Coupeのエミュレーター。最も生産台数の少ないマイナー機種であるというのに、エミュレーターの完成度は最も高いように思われた。
逆に一番苦戦した、というか、途中で匙を投げたのがEnterprise128。これはエミュレーターそのものというより、音楽制作用のアプリケーションでつまづいた。あれだけの時間をかけて解明できないというのは、プログラムの方に問題があるのだろうと判断した。
Atari800にも難儀させられた。同じプロセスを踏んでもアプリケーションがロードされる時とされない時がある。訝しんで調べたら、それは実機の挙動であるという。 実機にアナログ機器的な「揺らぎ」があり、プログラムをロードできるかどうかは運によったりするらしい。しかも実機同様に頻繁にフリーズするという。 言われてみれば過去に使ったAtari系のエミュレーターでも同様の挙動が見られた。 (無駄に)実機に忠実であるらしい。面倒なのでもっと安定したエミュレーターを使うことにした。私に、実機へのノスタルジーは無い。
上記は、ChatGPTと睨めっこしながらの作業だったわけだが、合法性を確認する暇がなかった。海外のレトロコンピューターまわりのデータ類って、実に充実しているのだが、充実し過ぎていて不安になったりする。ソフトのROM類の公開とかって、もう少し後ろめたい気分があっても良さそうなものなのだが。 AIの紹介してくるリンク先にあるものばかりなので、まあ大丈夫だろうと思うが、もう知らん。
幸い私はゲーム関係にほぼ興味がなく、その種のROMを漁ったりはしないので、それだけで無用のトラブルは避けられていると思う。 私はこの手の違法・合法に潔癖なわけではないのだが、商品化を前提としている以上、ある程度の配慮がないと周囲に迷惑をかけてしまうのだ。
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サイト、リニューアルしました。とりあえず、暫くはこんな感じで行ってみようと思います。
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